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診断にいたるまで(川崎病)
夜診に到着。

もともと大人の総合病院なので、小児科はやはりそんなに混んでいなくて助かった。

待ち時間中もべらべらしゃべり、絵本を読んだり見た目は、ウサギのような赤目以外元気なのでした。


診察中今までのいきさつを話す。

蕁麻疹、赤目、発熱。

そして、医師に手のむくみを指摘される。足はなんとなくはれぼったいなとは思っていました。

これまた、よくみれば赤くむくんでいる。スウの線の細い綺麗な指と対照的な、パパそっくりな太いゴツイ手なので、気づかなかった鈍感な母でした。

そこまで、そろっているということで、

「お母さん、よく聞いてください。お子さんは川崎病の疑いがあります。
 
 川崎病とは原因がわかっていない病気で、だた放っておくと、心臓に負担がいってしまう可能性のある病気です。

 とりあえず、インフルエンザとアデノウイルス、血液検査をして、まずそれから確定しましょう。」

  

王子、鼻の粘膜、その後血液検査をする。

30分ほど、検査結果がでるまで待ち時間があったけれど、その間私の頭はクラクラでした。





「川崎病」この言葉を聞くのは、

実は2回目でした。10年間ほど、子供たちに携わるお仕事をしましたが、この病気の子には出会ったことがありませんでした。

けれど、初めて聞いたのは6年前でしたか、友人の子供がなったときでした。

友人は部活を共にした仲間であり、一人目不妊症で悩んだ仲間であり、なぜか不妊治療をやめて授かった仲間でもあり、

一人目は同い年で互いに食物アレルギーで悩み共通点の多い、同士でした。

子供さんはまだ赤ちゃんのときで、最初聞いたときは彼女の動揺した電話の声が忘れられないほど、大変な病気だという

認識でした。その子は、0歳時で2回も川崎病にかかり、そのときは同じ病院でスウのアレルギーの診察があったので、

ヨチヨチ歩きのスウを連れて、ナースステーションまでお見舞いにいった記憶があります。

でも、面会はできず、ガラス越しにバイバーイと手を振ったような、気がします。

幸いこの子は、今は元気いっぱい後遺症もなく成長されています。






その、大変な病気に?

まさかこの元気印の王子が?だってスウは病気が多くて大変だったけど、王子はほんとにお気楽な子育てだったんです。

違っていてほしい・・・。きっとアデノウイルスに決まってる。

そんな浅はかな考えで頭をもたげて、王子の話しかける言葉も頭に入ってこずでした。


再び診察へ。

「お母さん、やはり、インフルエンザもアデノも違いました。

 川崎病でほぼ間違いないでしょう。炎症反応はいまのところそんなに高くはないけれど、すぐに

 入院をして検査をしたほうがいいです。入院の準備をしてください。

 それから、お住まいはどこですか?子供が入院できる病院に紹介状をかきますが」


「〇〇市ですね、そうすると〇〇病院ですか・・」

「そうですが、こちらの先生は☆医大からの先生が多いと聞きます。上の子も眼科や小児科で☆医大によく通っている ので、☆医大でもいいのですが」

「そうですね。☆医大のほうが症例も多いし、病気が病気ですので、そちらに紹介状を書きましょう。
 それから、電話でも連絡してみますね。」
 

そして少し待たされ

「☆医大の循環器の先生に連絡がとれました。状況をお話したところ、炎症反応CRPがまだそんなに高すぎることはないので、朝一で☆医大のほうにきてもらうようにとのことです。

勿論入院の準備もしておいてくださいね。」


「わかりました。よろしくお願いします。」


とりあえず一晩分の座薬をいただいて、バアバの家に戻り事情を説明し、スウを連れて帰宅しました。


次の日は朝一、しかも入院となるとスウのお迎えもしずらくなるので、

朝は病院へ行く前にスウを車で幼稚園へ連れていき、預かり保育をお願いしてバアバの仕事後スウをお迎えをしてもらう体制をとりました。


スウもなんだかちょっと大変!!な雰囲気を察知してくれて、快く体制に合わせてくれて本当に助かりました。

入院は次の記事で。














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